Blog 本居宣長研究 「大和心とは」 : 『直毘霊』を読む・七



そもそも人の國を奪ひ取むがためとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつゝ、善ことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、聖人はまことに善人めきて聞え、又そのつくりおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、まづ己からその道に背きて、君をほろぼし、國をうばへるものにしあれば、みないつはりにて、まことはよき人にあらず。いともいとも惡き人なりけり。

或人、舜は堯が國をうばひ、禹も又舜が國を奪へりしなりといへるも、さも有べきことぞ。後世の王莽曹操がたぐひも、うはべはゆづりを受て嗣(つぎ)つれども、實は簒(うば)へるを以(もっ)て思へば、舜禹などもさぞありけむを、上代は樸(ぼく)にして、禪(ゆづ)れりと云(いい)なせるを、まことゝ心得て、國内(くぬち)の人ども、みなあざむかれにけらし。

かの莽操がころは、世人さかしくて、あざむかれざりし故に、惡きしわざのあらはれけむ。かれらが如くなる輩も、上代ならましかば、あはれ聖人と仰がれなましものを。

もとよりしか穢惡き心もて作りて、人をあざむく道なるけにや、後人も、うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめけど、まことには一人も守りつとむる、人なければ、國のたすけとなることもなく、其名のみひろごりて、つひに世に行はるゝことなくて、聖人の道は、たゞいたづらに、人をそしる世々の儒者どもの、さへづりぐさとぞなれりける。

然るに儒者の、たゞ六經などいふ書をのみとらへて、彼國(かのくに)をしも、道正しき國ぞと、いひのゝしるは、いたくたがへることなり。かく道といふことを作りて正すは、もと道の正しからぬが故のわざなるを、かへりてたけきことに思ひいふこそをこなれ。そも後人(のちのひと)、此道のまゝに行なはゞこそあらめ、さる人は、よゝに一人だに有がたきことは、かの國の世々の史どもを見てもしるき物をや。

さて其道といふ物のさまは、いかなるぞといへば、仁義禮讓孝悌忠信などいふ、こちたき名どもを、くさぐさ作り設て、人をきびしく教へおもむけむとぞすなる。さるは後世の法律を、先王の道にそむけりとて、儒者はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや。また易などいふ物をさへ作りて、いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ。これはた世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ。