Blog 本居宣長研究 「大和心とは」 : 『直毘霊』を読む・参



わんぱく王子の大蛇退治
公開 : 1963年3月24日
脚本 : 池田一朗、飯島 敬
監督 : 芹川有吾
音楽 : 伊福部昭
( 東映ビデオ : DSTD02138 )

夏休みになるとゴジラと共に公開されるのが“東映まんが祭り”。その源となったのが1950年代の後半から始まった「白蛇伝」「少年猿飛佐助」「安寿と厨子王」・「シンドバットの冒険」といった一連のアニメーション映画です。その中でも最も高い評価を受けているといっても良いのが「わんぱく王子の大蛇退治」

ストーリーは日本神話のスサノオの話。腕っ節に任せてわんぱくの限りを尽くす子供の頃から、姉のアマテラスの住むタカマガハラでの大騒動と岩戸開き。そしてタカマガハラから放逐された後にヤマタノオロチ退治までを描いた冒険活劇。最後にヤマタノオロチを退治して、母親のイザナミが天に現われ、スサノオは自らが立っているイズモの国、こここそが母の国そのものであったと知って大円団を迎えるというもの。

実に丁寧に、かつ洗練された美意識で貫徹された絵(アニメ)も素晴らしいのですが、それと共に特筆すべきなのが音楽を担当している伊福部昭の音楽。私はこの作品を組曲としてまとめたCDから入ったのですが、実際のアニメを見るとその魅力は倍増です。中でも、スサノオがイザナミと離れ離れになって悲しんでいる場面で聞こえてくる「母のない子の子守唄」は絶品!それと日本の芸能の始まりと称されているアメノウズメの舞では、音楽が先に作られそれに合わせて画像が作られたという力作。

いまでは馴染みがなくなっている日本神話。興味を持っている人も興味が無い人も、ドングリ眼でワクワクしながら一気に見てしまうこと請け合いです。“東映まんが祭り”の原点がここにあります。

萬千秋の長秋に、吾御子のしろしめさむ国なりと、ことよさし賜へりしまにまに

天津日継高御座の、天地の共動かぬことは、既くここに定まりつ。

天津日継高御座の、天地の共動かぬことは、既くここに定まりつ。

天津日継高御座の、天地の共動かぬことは、既くここに定まりつ。

いく万世を経とも、誰しの奴か、大皇に背き奉む。あなかしこ、御世御世の間に、たまたまも不伏悪穢奴もあれば、神代の古事のまにまに、大御稜威をかがやかして、たちまちにうち滅ぼし給ふ物ぞ。

千万御世の御末の御代まで、天皇命はしも大御神の御子とましまして、

御世御世の天皇は、すなわち天照大御神の御子になも大坐ます。故天つ神の御子とも、日の御子ともまをせり。

千万御世の御末の御代まで、天皇命はしも大御神の御子とましまして、

何わざも、己命の御心もてさかしだち賜はずて、ただ神代の古事のままに、おこなひたまひ治め賜ひて、疑ひおもほす事しあるをりは、御卜事もて、天神の御心を問して物し給ふ。

天津日継高御座の、天地の共動かぬことは、既くここに定まりつ。