本論 : 第十二回「神の道」の巻

口語

自然の道は、かの老荘が尊むところの自然であって、本当はこの自然の道というものは、存在しないものである。しかしながら、人の作ったものではなくて、神代から自然にある道がある。これは皆(みな)神様のお始めになったものであって、実は自然ではないのであるが、人為に比べれば、やはり自然のようである。そういうことでは、あの中国の陰陽五行などの説の類は、みな神様のお始めになった道によらないで、聖人達が、自分の私智でもって、万事を考え測って、作り設けたものである。そして、その智は限りがあり、及ばないところも多いので、神様のお始めになった道と合致しない事が多いと知るべきである。

注釈

宣長の云う「神の道」には、詳しく分析すると、次の三つの意味があるようです。

①この世に生起したありとあらゆる「事」の事跡を「神の道」という。外界に出現した客観的事象のみでなく、個人の心と言葉と行為の三つの側面で生起した全ての事(現象)をも含む。すなわち、漢意(からごころ)」によって、実体・実物がないにも関わらず、意図的人為的に生起させられた事象も、「神の道」となる。

これについて、宣長は「鈴屋答問録」に、以下のように記しています。とりわけ大切な内容なので、長文ですが全文を口語訳で示します。

まず老子の云う自然というのは、真の自然ではない。実は儒教よりも甚しくこじつけたものである。もし、真に自然を尊むのであれば、世の中がたとえどの様になっていこうとも、成り行きのままに任せていくはずであろう。儒教の行なわれるのも、古えの自然が害われていくのも、皆天地自然のことであるのに、それを正しくないとして、古えの自然を強要するのは、却って自然に背く強いごとである。この故に、その流れを汲む者は、荘周などを始めとして、自然を尊むといって、その言うこと為すことは、悉く自然ではなく、作り事であって、ただ世間と違って異様であるのを悦び、人の耳目を驚かせるのみである。

我が国の神道は、大いにそれとは異なり、まず自然を尊ぶということはない。世の中は、何事も皆、神のしわざなのである。これこそが実は第一の安心なのである。もしこの安心が決定(けつじょう)せず、神のしわざということを、かりそめのことのように思ってしまえば、本当に老子にも感化されてしまうだろう。

そうして何事も皆、神のしわざであるのならば、儒教・仏教・老子の教えなどという道の出現したのも神のしわざ、天下の人心がそれに迷ってしまったのも神のしわざなのである。そうであれば、善悪邪正の異なりこそあれ、儒教も仏教も老子の教えも、皆広くいえば、その時々の神道なのである。神には善なるものもあり、悪なるものもある故に、その道も時々に善悪があって、それが世に行なわれるのである。

そうであれば、後世、国・天下を治めるにも、まずはその時の世に害なきことには、古(いにしえ)のやり方を用いて、出来るだけ善神の御心にかなうようにあるベきで、また儒教を用いて治めなければ治まりがたきことがあれば、儒教を用いて治めるのがよい。仏教でなければうまくいかない事があれば、仏教を用いて治めるのがよい。これらの教えも皆、その時の神道であるからだ。

そうであるのに、ただ上古のやり方でもって、後世までも治めるベきもののように思うのは、人の力を以って、神のカに勝とうとするものであって、不可能なだけでなく、却ってその時の神道にそむくものである。

これ故に、神道の行ないといって、別に一つのことがあるわけではないというのも、このことをいうのである。

しかしながら、善悪邪正をわきまえ論じる時は、上古の世は悪神が荒びることなく、人心もよかった故に国が治まりやすく、数多のことが善神の道のままにあったのである。後の世は悪神が荒びて、上古のままでは治まり難くなったのである。

このように、時に悪神が荒びてしまえば、善神の御力でもかなわないことがあるのは、神代の記録にも明らかである。であれば、人のカにはいよいよかなわぬ事であるので、如何ともし難く、その時のよろしきに従うべきものである。

これが、どうして老子の自然を強いるのと同類であるといえようか。

②この世に生起したありとあらゆる「事」の事跡の中で、特定個人の知恵によって創造された観念体系やイデオロギー、世界観などに基づいて、人為的、人工的にある意図を持って生起させられた事象以外の、人為に依らず出現した全事象のこと。

これは、上記宣長の言葉を借りていえば、「善悪邪正をわきまえ論じる時」は、実体・実物がないにも関わらず、「漢意(からごころ)」によって意図的人為的に生起させられた事象は、そのまま「神の道」と名付けることは出来ないということです。

ここにおいて、宣長のいう「神の道」は、ある面で、近代イギリスの保守思想家のいう「コモンロー(自然法)」に近い意味合いを持っています。すなわち、ある特定個人の作った理念や観念体系(イデオロギー)に基づいて、人為的・強制的に社会を改造をすることを避け、その国の歴史の集積の中で、自然に形づくられてきた「慣習法」、すなわち文化・伝統・慣習の中に自然と息づく、理念を超えた「法」を何よりも大切にしていこうとする姿勢においてです。

故に、「国・天下を治めるにも、まずはその時の世に害なきことには、古(いにしえ)のやり方を用いて、出来るだけ善神の御心にかなうようにあるベき」という宣長の言葉など、イギリス保守思想の文脈からも、十分理解できるのではないでしょうか。

③これは②の定義に、この世における人間の行動の中で、漢意(からごころ)を取り去り、心と言葉と行為が相かなう(一致する)「実(まこと)」の状態において行動することにより生起した事象を加えたもの。

これは、実は②の定義と、厳密に言えば同じなのですが、わかりやすく別立てしました。

ところで、この「漢意(からごころ)を取り去り、心と言葉と行為が相かなう(一致する)実(まこと)状態において行為すること」を、最も純粋に、徹底して行なった存在とは何でしょうか。

それは、(人間の中にも当然そのような存在はあるでしょうが、)第七回に「神代では、まさに八百万の神々が、このような真心(まごころ)ではちきれんばかりになって、善であれ悪であれ、諸々の事を様々に為していたのです」と書いた通り、神代の神々に外なりません。

ここにおいて、神代で八百万(無数)の神々によってなされた夥しい事々の事跡が、そのまま「神の道」と名付けられるのです。そして、これら神々の事跡は、「漢意(からごころ)」に曇らされることなく、宣長のいう「古伝説」として「古事記」に、そのままの形で生々しく記録されているのです。

従って、もし「神の道」を知ろうとするならば、この「古事記」を、「漢意(からごころ)」を洗い清めた目でもって身読するのが、一番の近道ということになります。

但し、①の定義で明らかなように、「神の道」は何も古事記だけに現れているのではありません。この世に生起したありとあらゆる「事」の事跡を「神の道」というのですから、森羅万象、現在も途切れることなく生起し続けている無数の「事」や「物」と、一切の「漢意(からごころ)」なく、直に対面することにより、私たちも「神の道」を即座に知ることが可能なのです。宣長は、これを「もののあはれを知る」とも「奇異(くすしあやしさ)を知る」とも言い換えています。

思えば、本居宣長が古事記の身読によって発見したのは、神代とは信じ仰ぐための、はるか過去の世界なのではなく、実にそれは、今もこの現実世界に内在しつつ、それらを動かし続けているという厳然たる事実だったのです。この事実こそ、宣長が「古道」「神の道」と名付けたものの正体です。

そしてこの「神代」は、刻一刻と現在の瞬間に出現し続けています。立ち現れ続ける「神代」。

「神代即今」「今即神代」とはこのことに外なりません。

神道ではこれを「中今(なかいま)」といいます。

以上をわかりやすくまとめるならば、「神の道」とは、神代において、一切の「漢意(からごころ)」なく「真心(まごころ)」のままに「実(まこと)の位」にある存在が、「こうやったらこうなった」という事跡の数限りない集積の中から、一切の私智を超えて、自ずから浮かび上がってきた理(ことわり)のことといってもよいかもしれません。

これを、実際に生起した「事」に即した「理」、「事理(じり)」と名付け、一般で言う「理」や究極的真理である「太極」などと区別して使うことにします。

そして、この「事理」の根拠は、あらゆる人造の観念体系(イデオロギー)には存在しません。「事理」とは、「事」が「事」として「そのようであった」という事実以外の、いかなる根拠も有しないものなのです。

注 : 厳密には「理」という表現は誤りで、実際には各々の事象の「実物」の連なりしかないわけですが、ここではわかりやすく、敢えて「理」という言葉の文底の意味を変えて言っています。

このように、宣長のいう「神の道」では、事実そのものとして現れている事象を、そのまま「神の御所為(みしわざ)」と見るのです。そこに人の形而上学は何ら介在しません。すなわち、「物へゆく道」しか存在しない世界なのです。人の知恵で作り上げた道とは、根本的に異なるのです。また老荘のいう「自然の道」とも異なります。

宣長は、「漢意(からごころ)」全盛の世にあって、この「神の道」を人々に伝えるため、これを「古意(いにしえごころ)」「大和心(やまとごころ)」と名付けました。そして人々が、「事」そのもの「物」そのものに、一切の介在物もなく直面することを求め、それを「もののあはれを知る」生き方として確立したのです。つまり、生きるということにおいて、「存在の奇異(くすしあやしさ)」「事の奇異(くすしあやしさ)」に、人が直に対面することにより、そこに「畏(かしこ)きもの=神」を見い出し続けることを求めたのです。それが彼のいう「人の生きる道」、すなわち「神ながらの道」であったのです。

「鈴屋答問録」の中で、弟子から「生死における安心」について問われた宣長は、「死」は、人間において究極の奇異(くすしあやしさ)であり、死後の「極楽浄土」や「昇天」「輪廻転生」などという、人間の賢しら心によって作り出された虚構に一切絡めとられることなく、「死」とそのまま全身で直面すること、これこそが「神道に生きる」ことだと説きました。

この彼の言葉は、それを聞いた弟子達に、どのように理解されたのでしょうか。

最後に、宣長の歌と言葉を挙げて、この回を終わります。

悟るべき事もなき世を悟らんと思う心ぞ迷いなりける

とにもかくにも、人はもののあはれを知る、これ肝要なり。